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2010年5月

北風吹くオホーツク海のふもとで

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北風が
例年より
遅くまで吹きすさぶ
オホーツク海の
宗谷管内猿払村

ここに
二つの旧陸軍の飛行場が造られた
駆り出されたのは
朝鮮半島から
強制的に連れてこられた人々
地域住民・勤労奉仕隊
学徒動員

その浅茅野地区
バス停には
今尚、「飛行場前」の文字が
すぐ傍を
旧天北線が走っていた
戦後そこにプラットホームが出来た
それが「飛行場前」という
無人の停車場

そのバス停が無ければ
誰も
そこに飛行場があったとは
気付かない

そして
そこでのタコ部屋労働の話も
知らされぬままに過ぎ去っただろう

過酷な労働と
ノミや虱による
発疹チフスで大勢の人が亡くなった

そして
その亡くなった人は
浅茅野地区
成田の沢旧共同墓地に埋められた

死亡したことも知らされず
未だに帰りを待つ
遺族がいる

死んだと分かっても
何処で
どうして亡くなったか
知らされない
遺族がいる

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上半身半分焼かれ
下半身は
そのまま

3人重なりあった遺骨
頭は1人分しかない

掘り出された
遺骨が
当時の残忍さを物語っている

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背骨しかない遺骨もあった
とうてい
死者を弔ったとは言えない姿で
掘り出された

煙管(コンバンンデー)
ボタン
着衣の切れ端


ベルトの部品
地下足袋の留め金
5銭銅貨

様々な副葬品が
掘り出された

これが

遺族探しの手掛かりとなるだろうか

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追悼式が
行われた
曹洞宗は
本山から駆けつけた

すべての遺骨は
曹洞宗の手により
浜頓別のお寺に
仮安置された

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住職が
毎朝お経をあげてくれている

報告会に続く
追悼式で

参加者全員が
立ち上がり
「アリラン」の歌が
歌われた

涙がこぼれそうになるのを
ひっしにこらえたが

地底の叫びが
悲しみの涙が
耳の近くで
囁いていた

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成田の沢
その
湿原に咲いていた
水芭蕉だけが

65年の歳月を
静かに見つめていた

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