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2009年12月

オシフィエンチム

大きな地図で見る


Oświęcim
この街の
地図がGoogleで見ることが出来た
右側の川の下の左
三角にVの字の
赤い建物群が
アウシュヴィッツ絶滅収容所

この地図は
大きな地図で見ることが出来る
Google地図である
見ると
左側に
ホロコーストと書かれているのが
第2アウシュヴィッツと呼ばれる
ビルケナウ収容所
総面積175hr(53万坪)
札幌ドーム32個分

どちらも虐殺現場

拡大して見ていくと
その広大さが
良く分かる

鉄路と駅
駅から右と左に引き込み線が
その先にあったのが
悪名高き
収容所

150万人が
殺された

Oświęcimの街をずーっと右に行くと
再び鉄路が見える
その手前
破壊された建物があるが
その辺りが
第3収容所の
モノビッツ

ここは
強制労働現場
化学工場で働かされた
戦後
そこはソ連軍により破壊されたらしい

 

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見つかったようだ

盗難のアウシュビッツ

収容所看板、発見

夕方のニュースによると
盗まれたプレートが発見、犯人も逮捕されたと

TBS ニュースより

 ナチス・ドイツによるホロコースト=ユダヤ人大虐殺の舞台となったポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡地で先週、入場門の金属製の看板が盗まれる事件がありましたが、ポーランド警察当局は21日、この看板を発見し、関与したと見られる5人を逮捕したと発表しました。

 発見されたのは、ポーランド南部にあるアウシュビッツ強制収容所の跡地から18日未明に盗まれた、入口にかけられていた金属製の看板です。

 ポーランドの警察当局は大規模な捜索を実施、20日夜に北部で看板を発見しました。看板は少なくとも3つに切断されていたということです。

 警察は、窃盗の疑いで20歳から39歳の5人の男を逮捕しましたが、動機や国籍など詳細は明らかになっていません。

 看板は、ドイツ語で「働けば自由になる」と書かれたものですが、アウシュビッツ収容所では第2次大戦中、ユダヤ人を中心として100万人以上が虐殺されました。

 収容所の象徴として知られていたこの看板の盗難事件には、世界中から非難の声があがり、地元警察が国際刑事警察機構などに協力を要請していたほか、警察や匿名の協力者から、有力な情報に対して4万ドル(約360万円超)の懸賞金がかけられるなど注目されていました。(21日15:45)

【ベルリン=金井和之】ポーランドの警察当局は21日、同国南部のアウシュビッツ収容所跡で、18日未明に盗まれた収容所入り口の看板を発見、5人を逮捕したことを明らかにした。

 DPA通信などによると、警察は大規模な捜索を実施した結果、同国北部で看板の一部を発見。20~39歳の5人の男を逮捕した。看板は少なくとも三つに分割されていたが、詳細は明らかではない。看板の盗難は国際的にも注目を集め、地元警察は国際刑事警察機構などにも協力を要請していた。

 盗まれた看板は、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の舞台となったアウシュビッツ収容所の収容者が製作。ドイツ語で「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」と書かれ、「自由」を約束するかのような言葉となっている。

朝日新聞より

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どうして

今年の6月18日の朝
我々は
アウシュヴィッツ絶滅収容所跡
国立オシフィエンチム博物館の前に立っていた
その入口にはドイツ語で
ARBEIT MACHT FREI
「働けば 自由になる」と書かれた
プレートが掲げられていた

Img_1440

Bの字が逆さま
というか
変形のBが書かれていて
抵抗の表れとしてつくられたとされていた

その門柱が
盗まれた

ここは
ユネスコの世界遺産
再び
過ちを繰り返さない
その教育施設として
世界各国の人が
世界各国の指導者までもが
跪いて訪れるところ


当時のままに残しておきたい
当時の状態のままの保存に
大変な努力が払われている

保存の為の資金をドイツが
博物館の運営・維持などを図る特別基金に
計60,000,000EURO(約78億3千万円)を拠出すると
決め、発表したばかりなのに

若者たちの
ボランティアによる
草刈り
清掃
修理なども行われている

歴史的に
忘れてはいけないと
汗を流す

その願いが
届いていないのか
悲しいことだ

HPでは100,000 zlotys(ズロティ)
約34,000ドルの懸賞金をつけて
この犯人と行方を捜査中と報じている


どうして
こんなことが
起きたのか

ここは
追悼施設
墓地でもある
150万人の人々が虐殺された
その地で

何故
何のために

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湖の傍で

ベルリン郊外
別荘地の一角に
恐怖の決末を策略した建物がある
それは
ヨットなどが並ぶ
湖の畔に

Img_1700

入口付近には
大きな巨木の幹が
天空に向かって伸び広がっていた

Img_1698

この美しい湖の
湖畔に建つ建物の中で
「ホロコースト」計画が話合われた

Img_1690

この建物は
1915年に企業家の別荘として建てられた

1941年から1945年にかけてナチス親衛隊(SS
および国家社会主義労働者党(
NSDAP)の
ゲストハウスならびに会議場として使用されていた。

1942年1月20日
保安警察と保安部長官R・ハイドリヒを議長とし
ここに
SSNSDAPなど
ナチスの権力中枢、各省庁を代表する高官15名が会合し
ヨーロッパのユダヤ人の移送・殺害計画の協力体制について協議をした。

その参加者がパネルに展示されている

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決

つまり
事実上ヨーロッパのユダヤ人絶滅計画が
決定された

その会議の場所
ヴァンゼー会議教育施設
ナチスの犯罪の
歴史的真実
その犯罪を再び繰りかえさない
その為の
教育施設として資料が展示され
証拠書類などや
蔵書がある
ビデオ室、セミナー室、図書室が備えられ
学芸員や専属ガイドも配置されている

Img_1697_2

ヨーロッパのユダヤ人は
各国分類されて
総勢1100万人
この人たちを
強制収容所に送り
最後は
絶滅させる
ナチス優位策謀が計画、決定された

その事実にも
隠すことなく
記憶の継承・記録が行われている

訪れるのは
学生、教師、医者、軍人など
あらゆる職業の人が研修に来る
会社の研修さえも行われる

ナチスに殺されたのは
ユダヤ民だけではない
シティ・ロマの人々、同性愛者、障害者、エホバの証人、
レジスタンスに参加した人
抵抗組織の人々
自国民すら
ナチスに逆らったら殺された

訪れた日
ドイツ軍の将校達が研修に来ていた
もちろん私服で

Img_1689

当時の会談の部屋の様子が
パネルで展示されていた

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自然のままで

この街には
意外と自然が多い
川にも
今年も
来ました
ウ!鵜!う!
Img_2184

マガモ君たちに交じって
今は見かけませんが
おそらく下流に行っているのでしょう

ある日
今日も見かけたと思ったら
帰りには
姿が見えない
何処へ
と思っていたら
川の中から
ぬ~っと
顔を出しました
潜って魚を食いに行っていたようです

図書館のすぐ裏には

Img_2238_2

冬の寒さに備えて
エゾリス君が
木の上に

なかなか素早くて
ファインダーに収まってくれませんが
可愛い顔を見せてくれました

Img_2262 

食うことに夢中のようですね

人の通る近くに
いろんな生き物たちが
姿を見せます

Img_2197

泡が立っているのは
マガモが素潜りしているところです

え~って思うかも知れませんが
学んだマガモのみのようですが
毎年
見かけます

丁度いい藻があったようですね

しかし
川にゴミを捨てる人が
後を絶ちません

いつまでこの風景がみれるのでしょう!

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