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2009年8月

沈黙

ドイツそしてポーランド
その旅が
ある意味
沈黙をもたらした

加害と
被害

その事実に
どう向き合うか

重たい課題である

ベルリンで見た
数々の写真も
目を背けたくなりながらも
しっかりと瞼に
焼きつけた

Img_1707

ベルリンの中心部
ブランデンブルグ門の近く
大きな敷地に
2711萁の
四角いコンクリートのモニメントが置かれていた

Img_1721

ホロコースト記念碑

この碑の
地下に

「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人の為の記念碑」
インフォーメーション
情報センターがあった

Img_1754

数多くの写真と
説明書きが展示されていた
入場数は
制限されていて
並んで順番を待つ

静穏な中での
閲覧

老若男女問わず訪れていた

情報センターは
各部屋に分かれていた

その中に
家族の部屋があった
15家族

それぞれの家族
その家族の一家の写真が展示されている
その家族の
一員達が
どの様に
離散し
追放され
何処で殺されていったかが
書かれていた

1家が辿った
分かれ道
それぞれの運命が
記載されている

その最後には
生き延びた人
虐殺され
絶滅された人の名前が
色分けされて書かれていた

もちろん生き延びた人は
僅か

その人たちの
人生が目に浮かんできた

Img_1762

辛かった
余りにもリアルすぎる

カメラを向けようか
どうか迷った

でも
如何にか1枚だけ写した
それが上の写真だ
そばに近づいては
写し得なかった

名前の
部屋もあった
320万人
虐殺されたり
行方不明の全ヨーロッパの
ユダヤ人の
名前と、生年、没年が映しだされていて
犠牲者の名前と生涯が
読み上げられていた

全員の名前を読み上げるのに
6年7カ月27日

名前のデータベースが置かれていて
検索システムで
調べることが出来る

この日は
高校生グループが来て調べていた

若者が
歴史認識に
前向きな姿を見せてくれていた

Img_1765

加害と
被害

歴史の真実を
記憶する
取り組みが
続けられていた

和解をするための努力が続けられていた

嘘は

許されない ・・・・

ナチスが行った
虐殺
犯罪行為に


謝罪の取り組みが!
記憶の取り組みが!
どこでも
確かめることが
出来た
旅であった

旅は終わった

だが!
しかし
振り返る時間が必要だ

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涙が

6月に訪れた
ポーランド
Oświęcim(オシフィエンチム)
ここは、あの悪名高きAuschwitz(アウシュヴィッツ)のある街
絶滅収容所
アウシュヴィッツ第2収容所

Img_1505

鉄路の
到着先に
死のゲートが待つ

Img_1501

遥か遠くまで続く
収容所
Birkenau (ビルケナウ)

Img_1573

降車場で降ろされた
人々の行き先
ここで生死の選別がされた

片方は
強制労働現場へ
片や
クレマトリウムの
ガス室
焼却炉へ!

Img_1545

6月19日
この日は雨がシトシトと降っていた
ひと回りする途中の林の中で
建物の壊れた残骸があった
近づこうとして
歩きはじめると
涙が
溢れてきた

なんでだろう
と思っていたら

そこがガス室跡の
残骸であった

Img_1527

第5クレマトリウム
大量虐殺の現場だった

まったく何も知らずに近づいて
ポロポロと涙がこぼれ落ちていた

その奥の空き地で
多くの死体が焼却されそうだ
それも野ざらしの中で

その写真が展示されていた

涙の理由は分からなかったが
虐殺された人々が
このことを伝えてくれよと
願っていたのだと
思わざるを得ない
不思議な体験であった

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