« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

ここにも

Pict0042_2

室蘭の輪西町
浄土真宗本願時派のお寺である「光昭寺」に
戦後も取り残されている
朝鮮人の遺骨が眠っている

1945年7月14~15日にかけて
北海道は米軍の砲撃に包まれた
世にいう
北海道大空襲である
その時、室蘭には
14日に米軍の空襲に見舞われ
一夜明けても空襲警報が鳴り響き
恐怖に包まれていた室蘭市内に
「ズズーン」という爆音が響いた。

15日午前9時35分ごろ、幌別沖30キロの海上から
ミズーリ、アイオワ、ウィスコンシンなど、計14隻の米軍艦から
一斉に砲撃が始まった。
艦砲射撃による集中砲火を受け
死者436人以上
負傷者150人、家屋損壊1500戸に及んだという
被災人員は8227人
448戸が大破した
この犠牲者人数には
全て一般市民であり
軍人は含まれていないと・・・

実際には
もっと多くの犠牲者が推測されるそうだ!

軍儒工場であった
日鉄輪西製作所と日本製鉄室蘭製作所が主な目標であった
日鉄輪西製作所では構内で80人が亡くなり
21人が重軽傷、構外でも家族102人が亡くなった

その中に朝鮮から連行されてきた5人の犠牲者がいた
いずれも10代の若者だった

戦後間もなく
1体が日鉄職員の手で犠牲者の従弟に渡されたが
当時朝鮮は米軍の占領下にあり
自由に入国することが困難であった為
4体が室蘭に持ち帰られた

1975年2月に、韓国内で新たな遺族が判明し
新日鉄社員の手で遺族に返還されたのだが
3人の遺骨は
今も、光昭寺に安置されたままだ

Pict0043

この残された3人は
2004年6月21日
朝鮮人強制連行真相調査団から手渡された資料により
光昭寺に残されていた遺骨とともに
遺品や関係書類から
死亡当時15歳、16歳、17歳の若者であった
創氏改名されていたが
本名も遺族も
韓国真相糾明委員会の調査により
2005年に判明した

Pict0045

戦後62年経っても
解決されない
こうした遺骨の返還を
待ち望んでいる遺族がいる

いま室蘭の市民有志の手による
「強制連行犠牲者の遺骨返還を実現する室蘭市民の会」が結成され
やっと母国に帰還させる
取り組みが始まった

この北海道の大地に
未だに解決されない
戦後の残された課題がある

過ちは繰り返すな!
大地からの悲鳴が
響き渡るようだ・・・

貴方に
その声が
聞こえますか!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »